ありふれた日常の愛しいモノタチ

dayofdays.exblog.jp
ブログトップ
2006年 05月 16日

Be myself

f0104829_0124737.jpg


結局、自分のペースでしか歩けない。
自分のタイミングでしか、咲けない。





自己嫌悪や反省をすることがよくあります。

それは大体、「あんなことを言ってしまって、傷つけたんじゃないだろうか?」とか、
「あの態度、こういう風に思われてしまったんじゃないだろうか?」とか、

「もっとこうするべきだったかなぁ?」とか、
「あの時、あの人は、こういう気持ちだったのかもしれない。もっとそれを汲み取るべきだったんじゃなかろうか」
とか、

つまりは、
「誰かを傷つけたのではないか?」
「迷惑かけたのではないか?」
というような対人関係的(?!)事柄で、自己嫌悪したり反省したり、要するに、落ち込むことが多いです。


でもこの間フト、気づいてしまいました。

私のそれは、実は、本当に相手を想ってのことではないのかもしれない・・・と。

迷惑をかけたことそのものよりも、
「迷惑をかけたやつ、と私自身が思われる事」を、懸念して、落ち込んでいるのではないか?と。


なんて、くだらない人間なんでしょう?私って。
小さいなぁ・・・。


でも、そんな風に、「他人に嫌われたくない。できれば、よく想われたい、最悪でもニュートラルに想われたい」と想ってしまう、そんな小さい人間なのさ、私は・・・
と、あきらめて受け入れたら、
逆に、どう想われるかとかはどうでもいいや、と心が軽くなりました。

できれば、いい人でありたいし、
どんな人にも優しくて、
どんな時も、誰に対しても感謝を忘れない、そんな人でありたい。

けれど、なかなかその通りでいられない時もあって、
でも、それも、仕方が無いと言うか、それが私というか。。。

完璧は無理だけれど、その都度その都度ではいつも、一生懸命生きているからまぁいいか、なんて、思ったりしました。

結局、自分以外の何者にもなれないわけで、
自分以外の何かになろうとした時、色んな苦しみが生まれる気がします。


自分に甘いのはよくないと、今まで思っていたけれど、
自分のダメな部分を許せていない時って、実は人のことも許せなくて、とても厳しい目で見ていたりする気がします。

自分が自分のペースで歩くことを許した時、
人が、その人自身のペースで歩くことを、優しい目で見られる気がします。

自分が自分のダメなところも、「まぁねぇ、人間だから完璧な人なんていないし、そんなもんだよね、」と許せると、
人の「ん?」と言う部分も、「まぁねぇ、人間だもの、誰だって完璧な人なんていないし、誰だって失敗もするし、過ちも犯すよねぇ」と、温かく接することが出来る気がします。


にんげんだもの By 相田みつを

と言うことですね・・・。(↑名言!!)
[PR]

by sinfoo | 2006-05-16 00:32


<< 命の温度      Time >>